Yuigo・ん・・・湿っぽい

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【端】「政策・情報学生交流会の世界一わかりやすい解説」「ZO!はなぜ交流会に帰ってきたのか」……乗鞍を振り返る①【エッセイ10】


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訪問ありがとうございます。

 

本日から何回かに分けて

第39回 政策・情報学生交流会 | 今年の夏、あなたの目の色を変えてみませんか?

こちらの振り返りなどをしていこうと思います。

できるだけ、参加していない、過去参加者でもない多くのかたに理解してもらいたいと思って書いているので、冗長な説明になるかもしれませんがご理解ください。

 

また、交流会とは?ということに関しては、上記リンクの概要、またしつこいですが

 

【端】山の中で3泊4日社会問題について考え続けるけどそこまでガチガチでもなく丁度いいイベント「39回政策・情報 学生交流会」を宣伝する。 - 深夜Generation

 

こちらの過去記事で説明しているかと思います。

 

*   *   * 

 

 

 乗鞍に帰ってきた……本当に帰ってきてしまったんだな、と思い、1年空いただけでこんなに知らない人が増えてしまうのか、という恐怖で、できることなら下山をしたかった印象がある。

 今回は曇りの日ばかりで願いは叶わなかったが、標高1500メートルを超える高地からは月がよく見える。月、と聞くと、懐かしい曲が浮かんできた。

 

 


ELLEGARDEN - 月 - YouTube

 

 

 

 

 

交流会は「中庸」であり、厳しくも緩くもないのである。

 

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 半年ごとに開催されている交流会は、私は3回目の参加、ということになった。1年生の夏、2年生の冬を除いて参加していることになる。

 

 学生が開くイベントの中において、交流会の立ち位置というのはどういうものになるのだろう、ということを整理すると、私から見ると実に不思議な位置になる。

 

 まず、客観的な印象としては「真面目」だ。外見てきなところを持ち出しても、奇抜な髪色やファッションをしている人は見かけないし、学生イベント特有の「本目的をそっちのけにしてカワイイ女子大生を取り囲む男の図」というのがあまり見られない。これが私が続けて参加できる理由でもあるし、私がある程度注目を浴びることのできる理由だ。

 

 かと言って、真面目すぎてつまらないこともない。みんなどこかあっけらかんとしており、世間感覚と外れた印象もない。普通の世界にいれば普通の人としてたっていることのできる人々である。おそらく、こういうことは「場所」がそうさせているのであり、それぞれの大学に戻れば実に大学生らしいことをしているのだろう、ということは容易に推測できる。事実、交流会で知り合った人のFacebookは、また異なる印象を受ける。むしろ交流会でのその人の方が特別である、ということは否定できないことだ。

 

 コンテンツの内容を見ても、やはり「中庸」的な雰囲気を受ける。先に参加した制作コンテスト「GEIL」は、コンテストということもあり厳かである。最後の最後、打ち上げの時こそ無条件に楽しくなるが、それまでは、チームメンバー意外とはどこか打ち解けない印象があった。戦っていたのである。まあ、協賛や応援メッセージ、懇親会の顔ぶれ、審査員なんかを見ていたら当然である、ということが考えられる。

 

 とはいえ、GEILが学生イベントの最も理想とする形のひとつ、複数エンディングのひとつであることは間違いないはずだ。合宿中に発生する胸の高鳴りと、それに等しい位の落胆はじめとするマイナスの感情とが交互にやってくる感覚は、この歳で簡単には味わえないだろう。

 

 私の基準からなので何とも言えないところだが、GEILのスタッフこそ学生団体で「仕事」をしているひとびとと言える。学生が言う「仕事」は基本的に満足ならず、自分本位の使い方がなされていて残念なのだが、彼らにはかなりの努力量が見えたのである。素直に尊敬したい。

 

 


GEIL2014(ガイル) 学生のための政策立案コンテスト - GEIL ガイル 学生のための政策立案コンテスト

このページには、コンテストの課題文や最優秀賞に輝いた制作も掲載されているので、是非ご覧になっていただきたい。

 

それにしても、HPのちゃっちさだけでもなんとかならないものだろうか。

 

 対して、学生団体の新歓のような「ユルさ」があるわけでもない。学生団体のイベントははっきり言って「ねらい」がない、参加者に「どのように」目の色を変えて欲しいかというメッセージを設定していないものが多いので、参加したイベントの中には、「結局、これはなんだったの?」という空虚感を抱いてしまうものも少なくなかったし、自分が携わったことの中にもそういった失敗があったことも認めなければならない。

 

 ……外見、内面に分けて考えてみたが、やはり交流会という場は「中庸」な空間である、ということがわかってくる。競合する合宿型学生イベントと比べても、マトリクスの中心を動かずにいるのが交流会の存在と言えるだろう。そして、それが「中途半端」に変わってしまうおそれもある、ということだって言えるだろう。だから、交流会を作るということのプレッシャーというものは考えているよりも大きなものになるのである。「楽しく、っかつ勉強になる」なんて、結構わがままな目的なのだ。

 

 また、くわえて政策系の学生でなくともなんの心配もなく参加できるのが「中庸」を支えているもうひとつの要素と言っていいだろう。

 

 

 

 

正直私にとっては緩すぎる、と思えた一般参加。どのように私は立ち回るべきなのか?

 

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私はゾンビだ。自己の闇から帰ってきた。

 

 

 この「真剣味」というものは、どのように参加するか、いわゆる参加形態によっても大きく左右されるところである。参加形態は大きく分けて、

 

①一般参加者

②チューター

③運営スタッフ

 

 この3つに分けることができるだろう。①無条件に参加して学び、楽しむのか、②交流会の3泊4日を通して開催される累計20時間前後?のミニゼミ「分科会」の主催者となって分科会に分かれた10人強のメンバーを先導する役割を果たすのか、③交流会という場自体を作るために、直前の回が終了したすぐ後から半年間かけて運営に関わっていくのか、という3つの参加形態によって、この「中庸」はまた変化を生む。

 

 私が今回参加する際、最初に希望したのが「②チューター」という立場だった。過去2回参加し、直前の参加から1年が空いたこと、同年代のチューターが会を引っ張り始めていること、確か先輩もこの時期くらいからチューターをやりだしていることが脳裏に浮かび、そろそろかなあ……ということを漠然と考えていた。

 

 更に言えば、チューターという立場になれば、わかりやすく伝えられそうなテーマが手元に増えてきた、ということもあった。ゼミなどで勉強(これだって自主学習ですが。大学に入ってから、講義のテーマよりも自分で買った本が断然楽しい、ということに気づいてしまって、大学とかゼミの意義に悩んでいる途中だ)した「ワークライフバランス」「SNSにおけるキュレーションの流行」、GEILを機に興味が再燃している「基礎的な政策立案プロセス」「カテゴリー化社会」、それに関連する「ジェンダーフリー」「セクシャルマイノリティ」、そして、元々考えている「ワークショップデザイン」「ファシリテーター」「ファシリテーションマインド」「デザインマインド」といった、数々の興味と最低限の知識が手元にあり、チューターをするということで教える、そしてそのために再勉強をする、という機会は私にとって魅力的だった。そして何より、①一般参加するということが、難易度の調整なども考えて、もう私にはできないことなのではないか、ということが大きな理由として横たわっていた。

 

 しかし、最大の障壁であった、「共演者」を見つける、ということが達成できなかった。自分の同大学(名前伏せときます)に参加者がいないこと、遠くの大学にいる仲間とも、テーマや交流会に関する皮膚感覚を合わせられなかった、ということが原因になった。ともかく、友達欲しい、と感じたことは後にも先にもここがもっとも大きいかもしれない。

 

 この時点で私はちょっと、今回も参加を見送ろうかな、ということを考えていた。しかし、どうして結局参加に至ったのか、ということになってくると思うので、その理由を書き出してみることにする。

 

 はっきりと「参加」ということでスイッチが入ったのは、狙っていた2週間ほどのインターンに落選したことがきっかけになった。直接の原因ではないのだが、これによって、GEILに参加することを正式に決め、その2週間後にあった交流会にも参加しておくか、ということを続けて決めたのである。

 

 「交流会に参加することにした目的」

 ①GEILの経験を定着および共有するため

 ②「お味見企画」のシェフとしてミニワークショップを運営するため

 ③リハビリ。

 

 基本的にはこの目的をあげることができる。それぞれの目的について話していこう。

 

 

 

 ①GEILの経験を定着および共有するため

 

 GEILに参加する時点で、きっと色んな経験をして、挫折を味わう事になるんだろうな、ということを考えていた。参加者の出身大学を見てすぐ帰りたくなっていた。結果としても私のファシリテーションは通じなかったし、基礎的な部分、気力の部分でも全然及ばなかった。チームでは逆MVPを見事に勝ち取ったはずだ。

 その反対に、ああ何だ、こんなに頭がいい人が集まっているコンテストでもこんなに基本的なミスはあるんだ、そして、自分にも太刀打ち出来そうな部分は見つかった。だから、交流会に初めてくるようなタイプの人でも政策を考えることは難しくないことなんだ、ということを伝えたかったというのが、ひとつの目的だったように想う。

 

 ②「お味見企画」のシェフとしてミニワークショップを運営するため

 

 お味見企画ってのがなんだそりゃ、なんだが、これは、交流会恒例となっている、分科会ほどの長さや内容ではないがやってみたい、という参加者が短い時間のワークショップを開催する、という企画である。今回はこれが「お味見」という名前で開催されており、チューターはできなかったけど「慣らし運転」のつもりでやってみようと思ったことが理由のひとつになった。「一人ででもできますよ」と言ってもらえたのが一番大きい。

 交流会における分科会も、どこかしらのパターンがあるな、ということは前々から感じていた部分だった。私は「良悪はともかく、人と異なっていること」を最優先する人間なので、このパターンを覆していけば面白いものができるのではないか、ということを考えた。結果として、私は「訳のわからないアイスブレイク」「大学・学年の自己紹介を省かせる」「最後のアイデア出しはコンテストにして、勝負させる」という要素を盛り込んだ。このことについては後に記事にするが、正直「もっとめちゃくちゃにできたな」という反省がある。だって、ゼッコーチがいたからね……

 

 ③リハビリ。

 

 このことに関しては前々からブログで言っていることなので、過去記事を貼っておくことにする。これは私がめんどくさがりだからで、PV稼ぎではないことを言っておきます。

 

【雑】ちょっとした病気になりました。 - 深夜Generation

 

 

 

【雑】あくまでも軽症なので - 深夜Generation

 

 

 

10000字(いってない)ブログ4/13号 - 深夜Generation

 

 

 4月には、私は復活した!ということを言っているのですが、そのあとからなんか知らないけどしっくりこないなあ、もっと出来ると思ったのにできないなあ、という期間はぼんやりと続いていました。単純に能力がない、また落ちただけなのかもしれませんが。

 そんなわけで、GEIL、そして交流会に耐え切ることができれば私はもう大丈夫だ、という自信をつけることができるだろう、ということを理由に、思う節はあるが兎に角参加しましょう!という決断をするに至ったのです。

 

 

 

 

 

*   *   *

 

なぜか最後の方だけ丁寧語になってしまいましたが、 今回はここまでで締めさせてもらいます。本当は3000字くらいでさくっと書くつもりだったのですが、みなさんここまで読んでくれるのでしょうか?

 

 

 

読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

安曇野・乗鞍殺人事件 (徳間文庫)

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