Yuigo・ん・・・湿っぽい

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【おすすめ記事】私たちはやっぱり得体の知れない「コミュ力」を鍛え上げなければならないらしい【雑62】


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訪問ありがとうございます。

 

交流会に関係する記事は時間を空けて少しづつ出していこうと思います。参加者じゃない人からするとなんのこっちゃわからない話になってしまうことが続くと思うので。

 

 

アクセスが3桁超えると喜びます

【端】「政策・情報学生交流会の世界一わかりやすい解説」「ZO!はなぜ交流会に帰ってきたのか」……乗鞍を振り返る①【エッセイ10】 - 深夜Generation

 

 

 

↑久しぶりに最高アクセス数を記録しました。とはいっても全然大したことがないんですけどね。どのくらいかというと、500行ったら小躍りしちゃうよ、ってくらいに過疎ブログです。

 

 

 

というわけで、今回は以前から気になっていたはてなの記事を紹介させて欲しいと思います。

 

 

 

 

日本の雇用は「身分制」 - 文人商売



 

 

『文人商売』というブログで日々論理に優れた読みやすい文章を書かれている「しっきー」さんですが、私がこの方を知るきっかけになったのがこの記事だったりします。

 

現在の労働環境について、的確に捉えている(ような気がする)記事。

 

日本の労働形態である「メンバーシップ制」は、すなわち「身分制」と訳する事ができます。「身分制」という馴染みある言葉に直ったことでだいぶこの制度の重大さというのが私のような世間知らずにもわかってくるようになります。この身分制というのは、カースト制とか他の言葉に匹敵するような「身分制」であり、読者には、元からわかっていたはずなのに、「うわあ、こんな風になっていたんだ……」という印象を改めて植え付けることになった、という意味でこの記事は偉大であると思います。

 

こういった真面目な文体でありながら、時折冗談めいた画像を挟むことによって生地全体の雰囲気も読みやすいものになっている。こういったところをもっと勉強したい!と思わせられました。

 

なにより分かることは、「本をたくさん読んでいるんだなあ」ということです。記事化というアウトプットと、インプットのバランスが絶妙に取れているのだ、という感想を持ちます。

 

私はコミュ力なんか無視してスキルを重視して大学生活を送っているが、日本社会においてこの選択は無駄なのなだろうか?

 

 

この記事から抜粋するとここ。

 

 

欧米の場合、同じ労働には同じ賃金が支払われるが、日本は「所属」と「地位」によって同じ仕事をしても人によって報酬が違う。正社員と非正規雇用の待遇の違いも、それは「仕事内容」によってもたらされるわけではなく、会社に「所属」しているかどうか、会社の一員かどうかであり、年功序列と呼ばれるように、基本的にはそこに長く所属している人が偉い。また、職務が一環していないため、仕事への意欲や態度という主観的な評価がなされることが多い。

 日本の会社は配置転換が頻繁に起こるため、「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」で会社内で教育をほどこす仕組みが発展してきた。だからこそ、学校教育に職業訓練は求められないとされている。就職活動で意欲やコミュ力がもとめられるというのもその名残だ。

日本の雇用は「身分制」 - 文人商売

 

自分の話をさせてもらうと、私は大学において行われている学校教育に対して(全てではないが、おおよそ?)どこか共感できない部分があるので、学校の勉強とは裏腹に、社会に出ても活用できるスキルを伸ばしていこう、という主観をもとに大学生活を送っている節があります。

 

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そういう理由で私はポストイットをたくさん使ったり、ホワイトボードをたくさん汚したりしている節があります。

 

 

これは「就活の点稼ぎ」ではなく、本当に自分が社会に出てからも活用できるものを得ようと考えながら生活している。だから、「○○○人が参加したイベントを主催!」だの「学生団体○○の代表!」とかいうところには興味がありません。それをすることだって大事な経験であるとは思います。ただ、私の場合はそういうたぐいの経験をスキルとして昇華することはなかなか苦手なので、ということです。そういった経験から、面接の『大学で何をしてきたんですか?』という質問の返答を作ることが私にはできない、ということだけで、そういう経験が好きで好きで仕方ない人だったら、格好良い返答を作ることが出来るのだと思う。私は冷めているから、そういうことが苦手であるということだけ。「地球一周してきました!」っていうのも、こういう経験をしてきた人は、面接でどのように話すのだろうか。気になるところではある。

 

ファシリテーションや記録術などの他の大学生が持ってそうで持ってないスキルを身につけて社会に出よう、と考えているのが、簡単に言うと私の方針ですが、この記事の文脈からすると、OJTとかいうやつでこういった能力は段々と身につくから別に持っていかなくていいよ、ということなのだろうか。そして、コミュ力は教えられないから持ってきなさい、ということなのだろうか。

 

こう考えると、「コミュ力」ってどうして教えられないのだろう?ということを考え始めてしまいます。いや、コミュ力ってその人に染み付いたものだから、大人になってからそこを改善するのって難しいのではないのだろうか……という反論まで思いつきます。

 

が、そこに更に反論していくと、仕事として使用する「コミュ力」は教えられのではないでしょうか、ということです。普段の生活やプライベートな部分のコミュ力は、確かに子供の頃からの深層心理とかを改善していくことになるからとても労力の必要なことであると思います。

 

ただ、仕事に関連する、業務に関連するコミュ力というもの、つまりは深層心理に関係しないコミュ力は、それはそれで教えることはできるのではないでしょうか。コミュ力と言う言葉が、どうしてもその人の性格に係わるものだ、という認識があるから私たちはコミュ力という存在に怖気づいているのかもしれません。

 

コミュ力というのは、仕事をするとこに使用する力なのだよ。性格を矯正しろ、と言っている訳ではないのです」という言葉をいただければ、私たち人見知り、内気、その他もろもろの性格を抱えている人間は「よし、コミュ力鍛えるぞ!」という気になれるかもしれません。

 

 

 

コミュニケーション能力を「性格」の問題としてではなく「スキル」の問題として捉えるようにすれば、もっと「コミュ力」という言葉が見えてくるのかもしれません。

 

 

うーむ、ますますわからなくなってきました。

 

 

 

 

読んでくださりありがとうございました。


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