Yuigo・ん・・・湿っぽい

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【雑】自分がインターネット的な笑いについていけないということとその理由


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訪問ありがとうございます。

 

タイトルの「インターネット」といっても、全体では広大極まりないのでそれをすべてカバーしているわけではありません。

 

私が今年になってニコニコ生放送と動画投稿を始めることによって、おもにその周辺を舞台とした「ニコニコ的な笑い」そして「SNS的な笑い」に触れてきました(以下「インターネット的な笑い」とまとめます)。そして、結果としては私は全くついていけませんでした。常に疑問を持ちながら。なるほどな、と感心することはあれど笑いにはつながらない。これをみんなはどう感じているんだろう?という不思議な感覚だけが渦巻き続けて首を絞めることになりました。

 

その理由として、まず、私がインターネット的な笑いに対しての免疫と経験がすこぶるなかったということが挙げられます。そりゃそうですね、っていう感じの理由。そして、これが最大の理由でありほぼほぼすべてなんですが、さらになんででしょう、という感じで掘り下げます。

 

一言で言ってしまうと、インターネット的な笑いに関しては、もちろんこれも私の主観ですが、与えられたカードからその場にあったものを出す、この性格がかなり強いコミュニケーションスタイルの延長線上にある笑いだと考えられます。

 

例えばニコニコ動画に関して、こういう場面ではこういうコメントをすればいい、という決め打ち、約束事のようなものがほぼ確定しています。それはコメントの大半を占める。多くの人が集まるような場所であればあるほどそのベクトルは強いものとなります。ツイッターを代表して、SNSにもこの感覚は共通しています。ほかのSNSツイッターほどふざけていないのであんまり見られませんね(笑)。

 

これは「与えられたカードからその場にあったものを出す」と形容したものの正体です。自分が知っているコメントの返しかた、決まり文句のうち、場面にもっとも適したものを使う。また、オリジナリティが強いと思われている、主導的にボケを繰り出すような人間に関しても、実はそのカードのうち一つをどうしても使いたいという衝動にかられ、決まり文句的なボケにつながるようにそこまでの「フリ」を組み立てている、という場面が多々見られていると思います。

 

こんなことを言っていると、いやいや、世の中の笑いなんてインターネットに限らず大抵そうじゃないか、という批判があると思います。しかしそうではないと思うのです。そうであれば、私が今年に入って感じ始めた冒頭の不可思議さを説明することはできなくなってしまうからです。この感情に対して一応の答えを出すためにこのエントリーを書いています。

 

インターネット的な笑いがどうして先ほど提示したカードの理論にとらわれているのか、というと、それは表現の方法が狭められているからではないか、という仮想をすることができます。これがすべてではなく、もっと複雑になっているだろうけど。

 

例えば相手と直接向かい合っているならば、言葉で笑わせるのか、その言い方なのか、表情なのか、それとも小道具を使うのか、表面上でこんなことを考えている人はプロフェショナル、職業笑いを生んでいる方達以外はほぼいませんが、実は深層で考えていると考えることができます。そうでないと複雑なコミュニケーションは取れません。

 

しかし、インターネットという制限された空間では、ほとんどの場合はテキストメッセージのやり取りが中心なります。あとは画像のやりとりくらいがその手段です。ここまで制限されてしまうと、オリジナリティあふれる笑いを展開するのは、そういったセンスがある人間以外の一般層にとってはかなりの難関になります。だから与えられたカードを出すような笑いに落ち着くわけです、と私は仮定しています。

 

もちろん、カードを出すという理論にのっとれば、そのカードを作っている人間がどこかにいるので、みんながみんなそういった狭い領域の笑いにとらわれているわけではありません。しかし、ほとんどの人が後者である、ということはここまで読んでくれている方ならば共感しれくれると思います。たぶん。

 

私は、それが面白いかは別として、白紙に描く笑いをしてきた、という感覚があります。別にプロでもないんだけど、生活のなかでそうやってきたのだという自負。これは、テレビをずっと観てきたこと、そして、そのテレビは常にオリジナルの笑いを提供していたからだということがその理由です。2015年現在に関しては真新しさも感じられなくなってきましたが、まだまだクリエイトし続けている笑いの職人がいることは間違いありません。そしてそれはインターネットではもっと希少な存在になってしまいます。新しい食材を生み出すのか、既存の食材の遺伝子を組み替えるのか、というくらいの大きな違いがあります。自分が見ている感じでは!

 

しかし、これは決してお先真っ暗だということを言いたいのではありません。確かに今現在では鬱屈したコミュニケーションが展開されているインターネットですが、技術の向上、人々の順応、これらが進んでいくことによってもっとのびのびとした笑いが展開される未来が訪れるのは、そう遠くありません。いずれネオ・インターネット的な笑いが世間のスタンダートとなることは容易に予想できます。その内実が良いものなのか否かは分かりかねますが・・・。

 

 

 

 

読んでくださりありがとうございました。


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