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元意識高いブログ・晋也ジェネレーション

最近の話題はラジオ。ニコ生を1年で脱出し嫌いになったり、リア充/オタクワールドいずれにも住めないブログ。

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こういうことがあると思う、Twitterのアカウントはもう要らないし、Twitterには情報は無い。

真面目風

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こんにちは。

 

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私の言ってることに対して、私自身がそれを守っているかというとたぶんそんなことはないと思う。だから、過去の考えや記事が、現在と完全に矛盾しているということも、今改めて整理すればあるのだと思う。

しかし、それに対して私が怯える必要はない。なぜなら私は公人でも法人の立場をとっているわけでもなく、言葉に対して責任が付随しているということはまずあり得ない。ただのしょぼいブログを書いてる人間であるから、何を書いてもいいと思うし、それに対して縛られる必要はない。例えば、過去に「もうタバコは吸いません!」という記事を書いたところで、現在まで禁煙を貫いている必要はない。カッコ悪いかもしれないけれど。更に、「タバコは体に悪い」という記事を書いていても、それが禁煙宣言にはならない。自分がそれらに対して縛られる必要はない。ちなみに喫煙はしたことがないです。でも親が昔吸っていたので、煙は結構入り込んでいるはず。だから過剰に嫌うということもない。どっちでもいいと思う。人間はたいていのことに関しては、聞かれるまではどうでもいいと思っているはずだ。「どちらとも言えない」というアンケート回答は、ある意味では正直であり、この中には自信を持ってそう答えた人がいたのかもしれない、なんてことは蛇足だ。

 

だから、今までの記事もこれからの文章も一つのフィクションみたいなものだ。あんまり重く考えたことはない。過剰な弁解かもしれないが、世の中にはびっくりするほど本気で捉えて、そこから胃もたれするような喜怒哀楽を出してくる人が結構いるので、意外とこういう補足をしていないと、日常でもよく困ったことになる。

そして、ブログのポリシーとして、何回も過去に書いたことだが、記事は過去の自分のアーカイブであるということ。アーカイブって記事じゃん、と思われるかもしれないけど。私は、自分の存在や考え、言葉を単純に保存するためにブログを書いています。日記帳みたいなもので、日記帳という形だと紙を無駄にするので、その都度ページをつぎ足すことができるブログは素晴らしいと思っています。外に見えている如何に関しては特に考えていません。

 

というわけで、今回も、懲りずに、ネットネットした言い方をすれば特大ブーメランな記事を書こうと思います。

 

 

 

私はTwitterを4月の頭に消しました。今はアカウントを持っていません。厳密にいえば一つ鍵アカウントがあるのですが、それも数年前に全ツイートを削除してフォローを0にしたので、アカウントを持っていないと言っても間違いだけど間違いではないはずです。

情報化社会の象徴としてSNSが存在し、そしてSNSといえばTwitterである、ということは議論しなくてもOKだと思います。公・民問わずあらゆる団体がアカウントを持っていて、スマホを持っていればとりあえずやっておこう、というのがTwitterだと思います。ここで、俺スマホだけどTwitterやってないよ、という人もいると思います。私もこのたびそうなりました。ただ少数派だということは間違いありません。

私はTwitterから離れて、正直いってネットライフに関しては滅茶苦茶快適になり、とても満足に思っています。思い返せば大学に入ってから半年後にスマホに換えたわけですが、4月からiモードアプリを駆使してTwitterに参加していました。だから4年は触れていたことになります。こっからまた考えが変わるまでは、Twitterを始めるということはないと思います。

 

今回言いたいことは、Twitterに参加しても、情報は得られないということです。情報を得ているというのは、考え直せばウソなのではないか?という考えに、今のところは至っています。なんでなのか説明します。

 

エイプリルフールのせいで、情報を満足に得ることができない、という趣旨のツイートを、以前私がフォローしていた人がつぶやいていました。この発言は、よくよく見直せばとっても危ないものであると思います。

なぜなら、裏を返せば、その人は、エイプリルフール以外の364日間は、ツイッターには嘘がないと言っていることになるからです。慎重さを欠く姿勢であり、こういう人がいろいろな騒動に振り回されてしまうのかな、と感じました。ツイッターは嘘ばっかりです。ガセネタ、広告、どうでもいいいこと・・・それらのノイズをかき分けて、快適に情報を摂取するのは、達人の域に至らない限りは、不可能なのではないでしょうか。

そして、ツイッターという空間を離れて、あの場所はとても不健康だということを改めて噛み締めました。

ツイッターの不健康さを、今回の地震に関する動きをみて、強く感じることができ、ああやっぱりツイッターから離れて正解だった、という自信を持ちました。地震をネタにしているみたいで不快に感じた人はごめんなさい。今日はもう読まなくてもいいと思います。

 

たとえば地震に対してがんばれ!とか大丈夫?とかいうツイートがばーっと溢れますが、こういうのは1つ2つみたらもうお腹いっぱいです。CMみたいなもので、何べんも何べんも目に映ると、それがたとえ別の人が言っているとか関係なく、もういいよ、うるさいよ、となってしまいます。そう国民の大多数が思っていることはすでに分かっているのです。残念ながら親切な言葉でも、情報が欲しいという場合においてはノイズになってしまいます。がんばれ!が見たいという気持ちでツイッターを覗いているのならばそれでいいと思うんだけど、そんな暇人いる?いるのか。

あと、がんばれ!という気持ちは伝わってくるんだけど、客観的に「不謹慎」に見えてしまうツイートが出てきます。書いた人は親切心からやったと思うし、みんなを嫌な気持ちにさせよう、というものははっきり分かります。

不謹慎に見えるツイートは、悪気はないんだけどやっぱりチクっときてしまいます。こういうツイートはどうしても目に入ってしまいます。自分がフォローしていなくても、「残念な正義感」を持った人たちが、「晒しあげリツイート」をすることで自分のほうにも届いてしまうのです。ツイッターを離れてから思ったのですが、こういう炎上の火種みたいなものは、もう別にほっといてもいいと思います。震災の状況にふさわしくない!と怒る気持ちは分かりますが、その不謹慎に見えるツイートをした人は、暴走した正義感を持つ人々の行為によって、自分のそのミスに見合わないとんでもない量の叱責を受けることになります。サッカーでいえば、偶然体に当たってしまった不運なオウンゴールをしたプレイヤーに対して、観客席から心無い罵声や、ゴミが投げ込まれるような構図に似ています。こうなるとなんか可哀そうだし、本当に可哀そうで助けてあげるべき人々をほったらかしにしている、どうでもいい情報や炎上によって、本当に伝わらなくてはいけないニュースが見えなくなってしまう、ということに気付いて、そういう不謹慎なんちゃらかんちゃらは、放っておいていいと思うのです。

よく考えたら、私はツイッターのどこに対して不快感を感じているのか、それは、炎上の原因そのものよりも、その人を叩きに行っている有象無象に対してだということに気づきました。1対1のケンカであれば勝手にどうぞ、ということになりますが、無関係な人々が正義感を盾に攻撃をしている様が、一番不衛生を生み出しているということが分かりました。しかし、私の感覚と裏腹に、炎上の原因を叩く人々はこれからどんどん増えていくと思います。だから、ツイッターを再開することは、やはり今のところ考えられません。ノイズだらけです。

炎上に対して攻撃をしている訳ではないんだけど、高いところから評論をするタイプのツイートも、情報を得ようと思っている姿勢からするとノイズでしかありません。こういう非常事態には、マスコミの動きをなんでかよくわからないけれ必要以上に批判しようとしている人間がわらわらと湧いてきます。マスコミを最初から叩こう、という意志しかないので、バタバタしている現場で少しでも有益な情報を届けようと奮闘している努力には目もくれず、被災者へのインタビューが過剰だとか、悪いところしか言及しないというとてもずるい人々なのです。こういうのもノイズです。

あとは、ちょっと外れますが、なんか回りくどく応援を伝えようとしている人というのがツイッターには一定数存在し(つまんない大喜利をしだす人ですね)、わざわざイラストを描いたり、動物の写真を載せたり、フリー素材で拾ってきたんだか分からない空の写真を貼り付けて皆さんの無事を願っています!ということをツイートする人がいます。別にいいんだけど、有名人や多くのフォロワーを抱えているような人でない限り、はいはいご苦労さん、としか思いません。これもノイズ。

 

いやいや、ちゃんとツイッターで情報を得ているよ、という人もいると思いますが、

 

果たして、その情報を得るためにどれだけ不快感を感じなければいけないのでしょうか、ということを私は主張します。情報に見合わない不快感を、ツイッターを使った情報収集では感じることになるので、私はツイッターのアカウントはもう要らないな、と感じています。

 

 

 

アカウントが無くても、ツイッターを利用することは十分にできます。

アカウントを持っているとなかなか見ないページですが、ツイッターのトップページは素晴らしいデザインで、情報がスルスルと入ってきます。

ツイッターのトップには、日本で話題になっているニュースが誰かのツイートという形で入ってきます。先ほどぱっとトップをみたら、藤田ニコルが熊本のWi-Fiがフリー開放されてるよ!というツイートや、スポーツ選手の応援コメント、建造物や道が崩れている画像なんかがすぐに目に入ってきて、今何が起こっているのかということが、実はツイッターアカウントを持っていなくても、分かりやすく理解することができました。藤田ニコルなんて言っちゃなんですが私みたいな人が絶対にフォローしない人ですが、トップから見ることによってそのいい情報が見られる、という不思議な状況に驚きました。自分がアカウントをまだ保持していれば、ノイズだらけのタイムラインに辟易していたんだろうな、と思います。結構皮肉なものだとおもいませんか。

 

そもそも、こういう状況になってしまったツイッターで情報を得ようという考えが、見直されなければならないのではないでしょうか。ノイズだらけのツイッターは、2ちゃんねるといい勝負です。もしも、2ちゃんねるやまとめブログで情報を得るよ!と言ったら、多くの人に笑われてしまうでしょう。でも、ツイッターもそんなに変わらないんだ、ということは、もうほとんどの人が感覚的には分かっているんだろうなと思います。それを何かしらの実行に移したのか、ということに関してはどうでしょうか。

 

このブログを書くことによって私も偉そうな評論者になっているというブーメランに関しては認めるしかありませんが、思ったので書きました。一人暮らしの貧乏だけど、ちゃんと防災対策しなくちゃなあ・・・。


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