読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

元意識高いブログ・晋也ジェネレーション

最近の話題はラジオ。ニコ生を1年で脱出し嫌いになったり、リア充/オタクワールドいずれにも住めないブログ。

【10秒】このブログを評価してください。


[広告]






冗談をマジにしちゃう炎上の火種、書き起こしサイト

真面目風

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

こんにちは。

今日も、細かいことをつっついて偏見を披露していきます。

 

電車に乗っていたら、中田ヤスタカと増田セバスチャンの遊び道具こときゃりーぱみゅぱみゅの映像がやたらと流れていたのでなんだろうと思ったらベストアルバムが出るんですね。価値が落ちる前に集金ということでしょうか。いつもいつも大変な業界です。

 

前々からテレビやラジオでの発言をテキストに書き起こす「書き起こしサイト」の存在は知っていたのですが、特に気には留めていませんでした。

ですが最近、ニューヨークのANN0にて、有名な書き起こしサイトである「世界は数字で出来ている」を元ネタにしたコーナー「ニューヨークは数字で出来ている」が始まり、そのサイトを知らなかったので調べてみたところ、なるほど、話題になってはてブが沢山つく理由もわかるなあというテキスト量でした。

 

世界は数字で出来ている

f:id:m4usta13ng:20160522161243j:plain

 

 

このサイトはお笑い芸人のラジオやテレビのトーク番組の一部を書き起こして、芸人のお笑い論や世間に対する意見などを紹介するものであり、書き起こしなのでテキストに対する色付けや追加などは無い、それかしても無いようなものなので同種のサイトに比べて差異が作り出せないはずなのですが、重ねて言うとこのサイトは量がとてつもない。毎日どの時間でもOAしている芸人の発言を、とにかくどしどしと保存しているということが魅力なんだろうなあ、と感じました。

 

ただ、こういうサイトを情報元にしたり、その内容を信頼するということには大きな問題も付随してくるのではないか、ということも同時に考えさせられました。

書き起こしサイトなので、実際にその人物が発言した内容に関しては間違いがありません。確かめようとすれば、良い話ではありませんがラジオ番組の内容はYoutubeにアップロードされているので誰でも再確認することが出来ますから、真っ赤な嘘が書かれているということは回避することが可能です。

しかし、音声からテキストに移行する際に失われてしまう情報、無視されてしまう情報の存在が大きく、それが内容にも影響を与えているんじゃないかと思います。

 

前々からすこしずつ聞いてきて、ここ数か月前からは毎日のようにラジオを聴くようになりました。深夜ラジオだけでなく、朝のラジオ、昼のラジオ、地域に関しても、radikoプレミアムを利用して、全国各地の番組を作業のお供や暇つぶしに聴くことが完全に生活の一部となりました。自分が家にいないときもスマートフォンからradikoにアクセスしたり、録音して帰ってから、寝る前などに聴くということも頻繁にしています。

こうやってアホみたいに聴いていると、「世界は数字で出来ている」で取り上げられている記事に関しても、そのなかの幾つかを実際に聴いていたりします。実際にこの耳で聴いていたぞ、という書き起こしを読み返すと、異変に気づくことになります。

あれ、これもっと面白かったよな、ということです。

ハッキリ言ってしまうと、書き起こしにすると全然面白くなくなってしまうのです。いやいや、面白かったはずなんです。生で聴いていたときは、自分は確かに笑っていたし、ラジオからも笑い声が漏れていたはず・・・。

そう、テキストに変換することによって、音声データにあったはずの相方やスタッフの笑い声だったり、話し手のニュアンス(目で見えていないけど、ああやって手を動かしたり表情を作ったりしているんだなあ、というのは割と分かり易い)、かすかな音や雰囲気からも伝わってくるもの、分かってくるものは意外と多く、同時に人間個人の経験から抽出される想像力によっても情報が補完されている、ということにも気づかされます。

 

「世界は数字で出来ている」のような書き起こしニュースサイト(サイトトップでラジオ/テレビ番組情報・芸能情報ニュースサイトと名乗っている)は、お笑い芸人の真面目な部分、真剣な部分、ある種哲学的な部分を切り取って伝えようとしていますが、このような姿勢が当の本人たちとは、ほとんどの場面において、そもそも違う方向性であるということが、オンエア自体を聴いている立場からするととてももどかしく思えてしまいます。

本人たちが面白さを求めて、また、オチまでのフリとしてしている話の「フリ」だけを切り取って「あの芸人がかく語りき!」という風に仰々しくしてしまうと、世間に対して全く違う印象を与えてしまうことになります。本人はそのフリの部分を一番伝えたい訳でもない、という場合においてもお構いなしにそうなってしまいます。

こういう行き違いがあると、今のネット社会ではすぐに炎上へと導かれてしまう、というのがさらなる不幸へと繋がっています。芸能人や有名人の発言がそのまま伝えられたうえで炎上するならそれは本人と批判者の問題ということで明確な構図が出来ますが、こうした書き起こしサイト、ニュースサイトなどの経由によって、印象が若干あるいは大きく屈折してしまった末の炎上となってしまった場合は、概して元の発言者のみに誤解を解消する義務がのしかかり、真の原因を作った側は特に素知らぬ顔をする、というのは何回考え直してもやっぱりおかしいよなあ、と納得がいきません。

その人の真意でないことを「(ニュアンスは異なるが)発言として言ってはいるから」と誇張、拡大解釈など、角度を変えて紹介されているのが書き起こしサイト、並びにニュースサイトの姿なのではないか、ということを感じました。

 

この他にも世の中には様々な炎上がありますが、個人的に、その多くは誤解によるものであり、未然に防ぐことが出来るはずなのに悪意ある煽りによって事が大きくなってしまっているものが殆どだとも思っています。炎上に対して怒っている人の、いったいどれだけが実際に本人の口から言葉を受け取っているのでしょうか。他人からの伝聞によって非難か否かを判断するのは、冷静な行為とはとても言えません。


【リンク】このブログを評価してください。