Yuigo・ん・・・湿っぽい

最近の話題はラジオ。賛否のど真ん中を行く性格です。

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憂鬱のプールで一生を終える

 

こんにちは。日記です。

 

 

 

 

最近になってやっとなんだけど、段々と勉強が出来るようになってきた。やっとだ。

 

あともうちょっとこの傾向が早めに出てくれると嬉しかったんだけど、そうではなかったので、本当なら半歩遅く私は大学を脱獄するはずだったんだけど、結局一歩遅れで逃げ出すことになってしまった。本当に情けないことだった。

 

切欠らしい切欠は、資格の存在で、これを取れば、色々省略するけど、自分は社会の一員として認めてもらえるんじゃないか、という希望が見えてきたからだ。もちろん、資格を持ってるからとか関係ないと思うし、それは自分が評価することじゃん、って話なんだけど、自分に自信を持つなんてことは、今までの人生でまともに経験していなかったことだから、これを取ればもしかして、なんてことばっかり考えている。

 

とかいう話は考え出すとまたどこまでも行って帰ってこれなそうなのだけど、とにかく、段々と勉強をできるようになってきた。文字の羅列を観ても苦しくなくなってきたし、本を開くことが特別なことではなくなってきた、ような気がする。まだ曖昧な感覚のままなんだけど、着実に前とは違う、とも思えるようになっている。

 

 

 

同時に、自分の「鬱」というものに対する認識が、これまた変化している、ような気がする。・・・とにかく今日はまだ自信がないのだ。でも書いておこうという気持ちだってある。

 

鬱、といっても、世間一般平均的な鬱と、個人個人が抱えている症状、状況は全然違う話だ。症状の軽さもあれば、その人の境遇、どうして鬱になったりとか、色んな話がありふれている。

 

インターネットは鬱を調べるのに最適な場所で、個人個人の話はいくらでも出てくる。最初は自分もそういう人たちの振り返りを眺めていたんだけど、自分のとは違うんだな、ということでやめた。勉強にはなったと思うけれど。

 

じゃあ私のがどういう感じだったのか、というと、変なことを言っているが、私は、生まれて意識を持ち始めてから鬱っぽかった、と言っていい、最近そう思うようになってきた。言ってしまえば、憂鬱な性格ということだ。それだけの話。

 

生まれながらの性格については長々と書いても意味がないだろうから端折るけれど、とにかく私は憂鬱な人で、バランスを取るために時折「躁」が出てくることもある。

 

数年前、自分が本格的な鬱に陥っていると確信したとき、その時は、自分が鬱という病気にかかったのだ、と思っていたんだけど、実際には少し違った。

 

私は常に、プールを泳いでいて、泳法はなんでもいいんだけど、例えば平泳ぎだとして、潜って、顔を出して、その繰り返しをする。このとき、水そのものが憂鬱である、と考える。

 

基本的には体が水に入っているのだから、基本的に私は憂鬱な性格なのだ。だけど、バランス、これが具体的にどういったバランスなのかははっきりしないけれど、バランスを取るためにたまに明るくなって、はしゃいで、溺れないようにしていたのだ。自然に、自分が上手くやっていくためにそういうリズムを取っていた。

 

そのテンポがガタガタと崩れたのが、数年前から今までのことなんだと思う。時間の感覚が分からなくなり、さっきも書いたけど、とにかく考えることがとても難しくなっていた。で、これも恥ずかしながら最近気づいたんだけど、私はとっても頭が悪くなっていた。同じことをするなら、大学に入ったあたりの方が、まだ出来が良かったのではないか、と思う。そりゃあ明確に比較することは出来ないけれど、なんか分かるのだ。ああ自分は馬鹿になっていると。

 

で、だいぶ良くなってきたと思っている今でも、私は憂鬱のプールから抜け出すことは出来ていない。気づいたらこの中にいたんだから、今後もおそらく泳ぎ続けなければならないのだと思う。泳いでいるのか怪しいけど。漂うだけでこんなにヒイヒイ言っているのかもしれない。お恥ずかしい限りだ。

 

この仮定だって随分な見当違いの可能性だってあるけど、もし今度潜ったとき、バランスを取るためなんだ、と言い聞かせるためのでっち上げであるなら、まあそれでいいんじゃないか、ということにしておく。

 

とりあえず大学を抜け出すまでは潜っていることの方が断然多いことになる。

 

 

 

こういうことをブログになんの恥ずかしげもなく書いていることが結構な重症だということは客観的には理解しているのだけれど、周りにここまで細かく言える人がいないので、というか、周りにどころか、現状世界のどこにもそんな人はいない。だからブログにしているということで、いつの間にか習慣になってしまっているのだ。

 

出来たら前の彼女にでも、と思ったけれど、付き合っているときも、そういう深い話をしたことは一度もなかったので、どうせ、ということである。情けない話、たまに連絡を取りたくなるんだけど、いつの間にか電話帳からSNSまで一切を消していたので、前の自分にあっさり読まれていた、ということになる。少し腹が立った。

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