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Yuigo・ん・・・湿っぽい

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ゲーム音楽はなぜオススメしづらいのか?


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ゲーム音楽はオススメしづらい

 

スーパーファミコンは偉大

[フリー画像素材] 家電製品, ゲーム機, 任天堂, スーパーファミコン ID:201405300400 - GATAG|フリー画像・写真素材集 4.0

 

わたしはゲームが大好きで、そのなかでも特にスーパーファミコンSFC)のゲームが大好きだ。いまでもこのハードの様々なジャンルのゲームをプレイしている。というか、PS2は実家に置いてきてしまい、N64GCは友達の家でしかプレイできなかったから、現在一人暮らし先で持っているのがSFCとソフトの無いPSPだけ、という状況がそうさせている。お金がないのだ。とは言っているものの、こんなことを言うと相当詳しいかと期待されてしまうが、ゲームにそこまで詳しくはない。普通よりは詳しい、というくらいだろうか。

 

 (あんまり関係ない画像だが、ここ最近で一番涙腺に迫ってきたので載せちゃった。)


ゲームをする中でも、年を重ねるに連れてそのBGM、いわゆるゲーム音楽に対しての注目が集まってきた。ゲームという世界を絶妙に形容するゲーム音楽という世界にどんどん嵌っていった。今ではたまにピアノで弾くくらいだ。ただ下手くそである。


最近では動画サイトを利用すれば簡単にBGMが見つかるが、わたしが大学生になって本格的にPCやスマートフォンを触れるようになるまではまさに手探りのような形であのボス戦、あの名曲を探していた。近所のCD屋で数少ないサントラを買ったり、それを聴くためにゲームをもう一周する、なんてこともしばしばあった。SFCヨッシーアイランド』は、あのBGMが聴きたくて何回もやっていた。ただ、今では動画サイトの作業用BGMを利用する頻度のほうがどんどん増えてきてしまった。便利ではあるが、こうも簡単にゲーム音楽と出会えるようになってしまうことも考えものだ。わたしって面倒くさい!


こんな感じでゲーム音楽にはそれなりの時間を使ってきたが、その中で常に感じてきたことがひとつある。それが、「他人にオススメしづらい」ということだ。このゲーム音楽が素晴らしい!ということを言う機会がそもそも少ないし、薦めたとしても受け入れられることがそうそうない。このことはわたしにフラストレーションをもたらしたし、最近では最早諦めることが増えてきた。


今回は、そんなゲーム音楽がどうして人に薦めづらいのかを考えてみる。

 

 

   

 

ゲーム音楽は単体では成立しないから


その名のとおり、ゲーム音楽はゲームに用いられるBGMだから、ゲームをプレイすることで聴くことがその唯一の方法だった。まあ、最近では前述のとおり動画サイトを経由すれば知らないゲーム音楽を聴くことが可能になった。ゲーム音楽好きのユーザーは、音楽が良いからソフトを購入するということもあるらしい。とはいってもこれはごく一部のパターンで、いまでもやっぱりゲーム音楽はゲームの中身に付随するものであるというのが共通認識だといえる。

 

 


だから、このゲーム音楽がすごいんだ!といっても、相手がそのゲームをプレイしていない限りその凄さを分かってもらえない、という事態が当たり前のように起こってしまう。ピンと来ないのである。だから、ゲーム音楽を紹介する際には、ゲームのストーリーや面白さと一緒に紹介してあげなければならない。……それでもピンと来てくれないからゲー音の共有なんて諦めてしまったのだが。


ゲーム音楽はその中身との合わせ技で構成されているのだが、それは映画やドラマなんかと同様じゃないか、という意見があるだろう。立場がに通っているように見える映画音楽なんかは、キッチリと単体でもそのアイデンティティを確立しているような節がある。なぜ映画音楽やドラマ音楽などと比べてゲーム音楽は単体で活躍できないのだろうか。


そう考えると、ゲームをプレイする時と映画を観るときの姿勢の違いが最も違いを生んでいると考えることができる。映画は「観る」ものであるから、映画館で観るときなんかはその全神経を映画で起こることに集中することができる。だから、流れる音楽に対してもちゃんと気づくことができる。ストーリーを補完するに過ぎない存在だが、その効果は誰もが認識しているのだ。


一方のゲーム音楽はそうとも限らない。プレイヤーはゲームを「する」。受動的だった映画に対して、あくまで能動的に取り組む(ゲーム実況を観るという現象はこのことに大きな変化をもたらしているが、まだ言及しない)。シューティングゲームだったら如何にして攻撃を避けるか、RPGだったら次はどこに行けばストーリーが進むのか、対戦ゲームだったら相手に勝つことに集中しなければならない。その中で音楽に触れているから、ゲーム音楽の思い出は「ゲームの中身+自分のプレイ+音楽+……etc」というパッケージによって保存されるのだ。受動的に受け取るコンテンツは音楽や他の付随する部分も注目しやすいが、あくまでゲームの場合はセットとして感じ取るのである。そして、その中でも「自分のプレイ」というのが厄介で、「自分の」思い出をそのまま相手に対して説明するのは並大抵の表現力、プレゼン力では成し得ないことであり、結果としてゲーム音楽の良さが伝わらない、ということが起こってしまう。


これは、ゲーム音楽が好きなユーザーがゲームに詳しくないひとに対して説明するときにぶち当たる問題だが、同じゲーム好きに対してオススメするときに、その問題が解消されるかというとそうでもなかったりする。結局は、同じゲームをプレイしていないとなかなか共感に至らないのである。

 

ゲーム音楽はプレイの記憶と付随する

[フリー画像素材] 人物, 子供, 少女 / 女の子, ゲーム機, 任天堂, ニンテンドー3DS, ヘッドホン / イヤホン, 日本人 ID:201405302000 - GATAG|フリー画像・写真素材集 4.0

 

 

 

実況プレイブームがどう影響するか


こんな感じでゲーム音楽というものはなかなか普及しづらい不遇のジャンルと言っていいのかもしれないが、昨今の動画サイトをはじめとしたゲーム実況プレイの流行は、ゲーム音楽にいい影響をもたらしてくれるのかもしれないと期待している。


ニコニコ動画で流行し、動画最大手のYouTubeでも沢山見られるようになったゲーム実況。二つの動画サイトに同じ動画を投稿している実況者もいるようだが、その理由はYouTubeでは投稿する動画に容量制限がないため、高画質の動画を公開することができるという利点がある。レトロゲームには関係ないが、HD画質のハイテクゲームはやっぱりYouTubeのほうが向いているのだろう。FPSゲームなどは高画質・高音質・60fpsじゃないとやっぱり観てられない。YouTubeではお金が入ってくるというのもこの動きを加速させている。


ゲーム実況が流行ることによって、ゲームを「する」のではなく「観る」ことがだんだん普通になってきたような気がする。最初はゲームの中にも「観る」ことに適したものとそうでないものがある、と勝手に思っていたのだが、実はそうでもなかったりする。動画として投稿されているものをみると、スーパープレイ、TAS、RTAといった「観る」ということに相応しい映像だけではなく、普通のひとが普通のプレイをしている動画でも面白かったりする。自分でプレイする時間やお金がないから実況プレイを観るというパターンがほとんどと思われたが、実況プレイヤーという一種のタレントに注目したり、わたしだったら、兄がプレイしているのを横目で見ていたあの時期を思い出したりする。自分が散々プレイしたゲームが動画という形で再び注目を集める姿を見てニヤニヤすることもできる(だから、指示厨が出るのは割と仕方ないことだ)。

 

このような流れで、ゲームが「観る」ものとしても存在できることが証明されてきた。「観る」ものなったということは、映画と同じように、音楽やその他の付随する要素にも注目ができるようになってきた。こう考えると、ゲーム音楽がもっと注目を集めるようになるかもしれない。

 

有名ゲーム実況者の「つわはす」さん ( つわはす (@tsuwahasu) | Twitter )はゲーム音楽に対しての並々ならぬ情熱を見せてくれる。音楽を聴かせるために突然黙ったり、4人で実況をしているときも気を使わずに(!)サウンドテストを聴きまくる。こういうひとがもっと増えれば良いと期待している。

 

 

 

 

ソシャゲはゲーム音楽を衰退させる?

 

 

ソーシャルゲームの流行は、ゲーム音楽にとっては逆風になるかもしれないと考えている。

 

 

ソーシャルゲームの流行はゲーム音楽にとって逆風?

[フリー画像素材] 人物, 男性, 外国人男性, 携帯電話 / 電話, スマートフォン / スマホ, 街角 / 通り, 二人 ID:201408020600 - GATAG|フリー画像・写真素材集 4.0

 

わたしがあまりソシャゲをプレイしていないからあまり込み入った分析はできないが、ソーシャルゲームは家でするというより、特に(やり込みには至らない)エンジョイ勢は外出先で暇つぶしのためにするもの、という印象が多い。彼らのプレイする様子を電車などでみていると、残念ながらBGMを聴いていないのだ。電車なので音を出さないのは最もなことだが、イヤホンを通すこともしていないので、やっぱりBGMを聴いてはいないのである。ガラケーアプリからこの傾向はあった。普段から携帯は音を出すものではなかったから、ゲームをするときも音量はゼロのままなのである。

 

あの「パズドラ」は、あの伊藤賢治さんが音楽を担当しているのである。あの伊藤賢治さんだぞ!?ゲーム音楽界の大御所である。わたしは聴いたことがないが、そんなイトケンさんがパズドラを担当しているのに、パズドラをプレイしている知り合いにその話をしても「?」という顔をされてしまうのである。悔しい。こんなに悔しいことはない。

 

 

こんなことが続いていると、ソシャゲの流行はゲーム音楽にとって逆風になるのではないか。この点はちょっと気になるところではある。

 

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 読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

 

 

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