Yuigo・ん・・・湿っぽい

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頑張らなくてもいいのであって、頑張っちゃいけないことはない


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頑張っちゃいけないということはない

[フリー画像素材] 人物, 子供, 少年 / 男の子, 憂鬱 / 落ち込む, 考える / 悩む, 頬杖, モノクロ ID:201407051200 - GATAG|フリー画像・写真素材集 4.0

 

最近、また鬱の気が出てきてしまった。治ったとおもったらこうしてニョキニョキ出てくるものだから、いつになったらこの循環から逃れられるのか、という不安は尽きない。とは言っても、一時期よりはだいぶ治まりが効くようになってきたので、ちょっと気持ちの揺れがおおきいひと、という程度にまで落ち着いたと思う。病気、という言葉は似つかなくなった。

 

   

 

今年のはじめくらいからいよいよおかしいな、と思って、その後病院に行くことになって、しばらく何もせず家で寝続ける、という生活を通してきたのですが、それからというものどこか、自分が「頑張る」ということを忘れてしまったような気がして、最近になってハットした。いつの間にか、わたしは頑張ることができなくなってしまったのである。いつの間にか、そのやり方を忘れてしまっというか、そんな感じだ。

 

うつ病患者への接し方として、「『頑張れ』と言ってはいけない」という鉄則のようなものがある。詳しいことは言わないが、簡単に言うと弱っているひとは頑張ることができないし、そもそも頑張りたくないからこうなっているので、それに対して「頑張れ」なんていっても仕方ないし、気持ちを逆なでしてしまうだけ。だから、自分のペースで調子を取り戻そうとしている人間に対して、頑張れなんて口に出すのは好まれていない。

 

 

がんばらないほうが成功できる

がんばらないほうが成功できる

 

 

 

この「頑張れって言っちゃダメ」理論が、最近になって他のフィールドにどんどん広がっているような気がする。ブラック企業が問題化してから、仕事って頑張らなきゃいけないの?ほどほどにできるのが一番似合っているよね。とか、学校の部活とか、教育全般にしたって、他人の生き方に対して、無闇に口出しすることが出来なくなっていき、その世の中の変化に従って、他人に対して無闇に「頑張れ」とアドバイスすることが、だんだんと憚(はば)られるようになってきているのではないか。自分じゃない人は自分じゃない価値観で選択肢を選んでいる、そして生活を続けているのだから、そこに対して自分が割り込んでいくことは、本当に許されることなのだろうか?……いわゆる情報化社会、個人主義が浸透していくにつれて、(それがいくら堕落したものに見えても)他人の生き方に手や口を出すことが、やりにくくなった、そんな気がしてくる。

 

結論から言うと、「頑張らなくてもいい」、なんてことは決してありえない。生きることにはつくづく頑張ることが必要になってくる。学生をやめて社会人になると、生活は自分の手で行わなければならないし、親を見ていれば面倒な手続きがどんどん増えてくるみたいだし、今回みたいに自分の生活を維持しながらちょっと社会全体を考えて票を投じなければならない。「あまりにも忙しいので今回は投票できませんでした」なんて言ってしまえば、世間からそれこそフルボッコだ。とにかく、大人になると考えなければならないことが多い。考えることを維持するにはどうすればいいのだろうか、と考えると、自分の好きなことならばそうでもないが、あんまり興味のないことでも考えなければならないとき、何処かで頑張らなければならない、という局面がやってくる。

 

この世の中にあって、いわゆる社会契約を結んでいる、公共との關係にあるかぎり、頑張らないで生きるなんて神話のような遠さがある。出来るわけないじゃないか、と思ってしまう。「頑張らなくてもいいんだよ」という言葉が流行ったが、それは「(全く)頑張らなくてもいいんだよ」ということにはならない。「頑張りすぎなくてもいいんだよ」ということであって、自分の望む生活があるなら、人間としてありふれた幸せひとつ手にするためにも、頑張りゼロで乗り切っていくなんてできっこない。出来るとしたら相当恵まれた環境にいるのだろう。

 

こころを弱らせてしまったひとに対して「頑張れ」と言っていけないのは、その「頑張れ」が、世間一般にありふれた生活をすることに関しての「頑張る」ことと異なっているからである。

 

頑張るということはそんなに難しいことではない。いつの間にか、社会にとって「頑張る」がとてもハードルの高い言葉に見えてしまった現在だが、「頑張る」は能力ではない。

 

そんなこんなで、わたしは最近の頑張っちゃダメ!という少し無理がある風潮に巻き込まれていたみたいで、その変な理論を盾に、ああ、頑張っちゃいけないんだ、という気になってしまっていた。そろそろ頑張らなくてはならない。

 

 

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