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Yuigo・ん・・・湿っぽい

最近の話題はラジオ。賛否のど真ん中を行く性格です。

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「プロデューサー」になれないアイマス「ファン」として


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訪問ありがとうございます。

 

アイマスのことについて書きます。話についていけないひとがとても多い話題だと思うので、すいません、先に謝っときます。

 

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今年からアイマスファンになった

今年からアイマスが好きになった。病気を引きずって休んでいた時期に、映画化の話を聞いて、興味本位にニコニコ動画アイドルマスターカテゴリの動画を観ていたら好きになっていた。ストーリーの理解も雑なまま劇場版を観たが満足して、色々と遡ったりしてチェックするようになっていた。だから知識については断片的で、ブログで書くなんて割とおこがましい部分があることは認める。

 

アイマスが好きなひとは「プロデューサー」と呼ばれている。もともとこのコンテンツはゲームとして始まり、それが「アイドル事務所のプロデューサーになってアイドル候補生を一流のトップアイドルにする」というコンセプトだったため、他のコンテンツ、アニメ、ライブなどのユーザーもプロデューサーと呼ばれるようになっている。という理解で大丈夫?

 

昔、という表現が適切かどうかはわからないが、以前から応援し続けているプロデューサーは、アイマスが「不完全なコンテンツ」だったことを知っている。ニコ動なりYouTubeなりでアーカイブを引っ張ってくればすぐにわかることだが、そのクオリティはどこか心配になることがたまにあるような、どこか安定感に欠けたものだった。たまに。そして、制作側がユーザーの意向をしっかり汲み取ってくれないことがあった。

 

でも、それも含めて、プロデューサーみんなでアイマスを盛り上げよう!という気持ちがあったように思える。ニコニコのブームを支えたのもそういう背景があったと思う。とにかく、アイマスは不完全だからこそここまで成長できた、という部分があるはずだ。これって他のアイドルコンテンツと共通するものがある。詳しくないしリアルタイムを追ってないから、こんなテキトーなことしか書く事は出来ないけれど。

 

   

 

まさに完璧な現在のアイマス

現在進行形のアイマスは、どう考えても完璧にほぼ近い状態だ。響の発言がいよいよシャレに聞こえなくなってくるほどである。「ワンフォーオール(OFA)」で家庭用ゲームとしては集大成を迎えた。765プロのアイドルは不自由なく全員使えるし、シンデレラ・ミリオン他のアイドルもDLCを使えばいくらでも出すことが出来る。売れ続けるかどうかはまた別の話だが、ゲームとしてこれ以上ない作品が出来上がった。

 

アニメに関しても一つの結論を迎えることができた。劇場版は、アイマスというコンテンツの、これからの展開に期待させながらも、今までの(現実としてのコンテンツの歴史を)アニメのストーリーという形で振り返り、昔からのプロデューサーにも全くの文句を言わせない出来になったはずだ。ミリオンが何で出たんだ、とかまだ言ってるひとは多分相手にしてないから大丈夫。あのストーリーは見事だった。劇場版から振り返ってアイマス史を摂取したわたしからすると、劇場版のストーリーに触れることで、アーケード時代からのゲーム、またアイマスガールズと呼ばれる声優たちの紆余曲折・その先にある成長を想起させるような設計になっている。だから、新旧のプロデューサーみんなが楽しい「輝きの向こう側へ!」が完成したのである。

 

そして、アイマスガールズによるライブだって、もう非の打ち所がない。「あの曲がない」「誰々が出ない」という批判はどうしてもあるだろうが、それを超えるクオリティを見せている。2015年で10年を迎える765プロガールズはその経験が完全に信頼できる安心感を与えているし、この短期間で「声優」という言葉の定義が変わった?ことによって、「シンデレラガールズ」「ミリオンガールズ」として登場した演者も、すでに能力がある状態でデビューしているために、以前のコンテンツにおいて、ネックであり魅力であった拙さというか、そういうものはないと言っていい。制作側だってもう慣れっこだから、失敗するかもしれない、という懸念は誰の頭にも浮かばない。どの点を見ても、アイマスは完全体になっていると言っていい。

 

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コミカライズ(The world is all oneより)

 

ファン≠プロデューサーの構図

わたしはどう考えても「ファン」だ。ここまでで述べたとおり、わたしが興味を持ってユーザーになってからのアイマスは完璧で、ツッコミどころが全然ない。あったとしても些細なもので、素早くネタとして処理し、逆転する力がある。磐石だ。

 

しかしそれは、プロデューサーが得てきた感覚、成長を見守る感覚とは異なる。わたしたちの中に浮かぶのは、とにかく「凄い!」という言葉。頑張れ、とか思う必要がない。実際の意味としてプロデューサー業はもう求められていないんだ。ただ、わたしはプロデューサーと呼ばれる「ファン」として参加する。これはもう、完璧になったこのコンテンツにおいて覆しようがないことである。

 

これは全然悪いことではないし、むしろ喜ぶべきこと。ただ、以前から応援してきたプロデューサーと、同じ名称を背負うことは出来ない、という感覚は間違いなくわたしの中にあるのです、ということを説明したかったので書きました。もう少ししっかり書けたら、またリベンジします。

 

読んでくださりありがとうございました。


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