読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Yuigo・ん・・・湿っぽい

最近の話題はラジオ。賛否のど真ん中を行く性格です。

【10秒】このブログを評価してください。


[広告]






友達ができないんじゃなくて、「もたない」【雑77】


このエントリーをはてなブックマークに追加

 

訪問ありがとうございます。

 

 

 

よく、友達ができない!という言説というか言い方を目にすることがあります。そんなタイトルのラノベもあったなあ。他人と関係を持つことができず、孤独をきめてしまうといった不安の声。

 

わたしはそれとはまた違った悩みを抱えています。それは、友達が「もたない」という悩みです。

 

ともだちと持たないのはなんでだろうか1

著作者:Hammerin Man

 

 

もたない、ってどういうことなのか、といってしまうと、簡単に言えば「長く続かない」ということ。小学校から中学校、中学校から高校、高校から大学、と環境が変わっていくと、それまでの友達だったり部活の仲間だったりと連絡を取ることができなくなってしまう、そういう悩みを抱えていて、現在進行形。たぶん社会に出たら大学のときに知り合ったひとびとと連絡が取れなくなるかも。連絡先をなくす、というよりかは、連絡をとる気持ちが消滅するというか、そんな感じ。

 

証拠がないから疑いをかけられてしまうかもしれませんが、確かに「当時は」友達でした。友達の家に遊びに行って、友達と出かけて、友達と飯食ったりしてました。恋人はできなかったけれど。でも、自分が進学するとめっきり合わなくなる。決して遠くにいったわけではないのに。決してメールアドレスが変わったわけではなかったのに。

 

中3のとき、わたしは前期で公立高校の受験が終わってしまったので、友達に勉強を教えていたりしました。彼の家でWBC優勝の瞬間を目にしたり、初めてBase Ball Bearの動画を観てハマったり、初めてギターに触れてチューニングをめちゃくちゃにしたり、友達のお兄さんに焼肉を奢ってもらったりしたなあ。色々あった。いまなにをしてんだろ。大学入ってんのかな。

 


Base Ball Bear ELECTRIC SUMMER (LIVE) - YouTube

 

それとは別に、PS2の4人用マルチタップをつないでテイルズの裏ボスを協力して倒したり、「サルゲッチュ・ミリオンモンキーズ」を延々と対戦したり、PSPのメタルギアで他部を粉砕し、ゲーム最強の部活と名高かったソフトテニス部の仲間も、今はどこでなにをやっているのかよくわからない。テニスは、ご覧のようにゲームばっかりやってたからアホみたいに下手だった。わたしは殆どのゲームが下手だったけど、みんなのゴルフだけは担当だった。モンハン2ndしかやったことがなかったけど、敵から離れて安全を保てる狩猟笛が楽しくて仕方なかった。

 

 

 

この原因を考えると、それはいくつか挙げることができます。まず、「繋がりが薄かった」。友達としての友好度が一定値に満たなかったため(ゲームかよ)、わざわざ前の学校のやつと遊ぶ理由がないな、という判断をされてしまう。友好度が高いから、「高校の友達と会った~」なんて投稿がFacebookにされる。Facebookに頻繁に投稿できるのは人生を楽しんでいる証拠だと思う。ブログの通知ばっかり流しているわたしは別。

 

次に、「ホントは嫌いだった」。仲間内の都合、部活が同じだから、(わたしが)勉強を教えてくれるから、モンハンの戦力だから、いろんな理由でわたしは仕方なく友達をされていたのかもしれない、そう考えることもできます。この視点で行くと納得することが結構あるんですよ。小中のときって、任天堂のゲームを4人でやることにやたらとこだわってましたから、そのための数合わせにわたしが含まれていた可能性が少なくない。そういえば、誰かと2人で遊ぶことをあんまり得意としてなかった気がする……今もですが。

 

 

 

なんだろうか、考えるとどんどん悲しくなってくる。いま上げたのは、わたしに過失がある原因なんですが、当時わたしが携帯を持っていなかったこととか、ある程度仕方ないところもあったりする。でも、高校から携帯を持っているので、あんまりこの言い訳はつうようしない。現に、高校の友達は連絡先やSNSのアカウントを知っているひとも多いんですが、連絡を取ろう、という気にはなれない。ますますモヤモヤが濃くなってきてしまう。やっぱりこんなこと考えるんじゃなかった、と思うしかない。

 

 

 

友達をもつ、友達で有り続けるということに対して必死さを感じていなかった、ということもいえるかもしれない。今でもそういう部分がわたしを構成しているような気がする。

 

例えば、わたしは文系の大学生にしてはあまりにもアルコールを好まなかったりする。二十歳を超えて一人暮らしを始めたときは、森見登美彦の小説に憧れて電氣ブランをペロペロ舐めていたりしましたが、大学生の酒とのふれあい方にどうしても馴染むことができずに、飲み会も積極的ではなくなり、電氣ブランも消費できなくなったので、料理ができないのに、隠し味感覚で野菜炒めに垂らしたりしています。実にもったいない。

 

だれかと話すなら生産的な話、真面目な話がしたいと考えるようになってから、逆説的にだれかと会話をする分量が減っていきました。そりゃあ、もともと話すのが上手ではない人間に、真剣な話を積極的に展開する力はありません。100回くだらない会話をして、1回真剣な会話に出会えたら御の字というのが関の山なのに、99回のどうでもいい会話を渋っていれば、狙った1回には出会えない、ということは当然だし分かってはいるつもりなのですが、どうしても打席に立つ努力ができない、というのがわたしのダメなところなんだろうな、と悲しくなりました。

 

人間関係なんて一番難しい部類の問題ですね。ちょっと考えただけで頭が痛くなってしまったし、理論的に考えたところでどうにもならない部分があるので、ちょっとこの辺で失礼します。続きはまた何処かで。

 

 

 

 

【5秒でできます】このブログを評価してください。

 

読んでくださりありがとうございました。


【リンク】このブログを評価してください。