Yuigo・ん・・・湿っぽい

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人生のユーティリティープレイヤーなんてク○でしかないんです、ええそうですとも


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ニコ生始めました

 

最近ニコ生を趣味の延長でやっていて、割と楽しいな、これということに気づく。

誰かに来て欲しい、コメントを欲しいということはほぼ望んでいなく、とりあえずゲームをするときは配信も同時にしておこう、という程度。準備にそれなりのお金はかかったが、友達がどんどん減っていく昨今、この投資は全然安い。たまに誰かが来てくれるだけでも相当ありがたいのである。

特に、くりぃむANNネタなんて数少ない知人にはどう考えても通じないので、こうしてネットを通すことで見つかったりすると楽しい。「いや、まいったね」「かまわんよ」「プ!」……数々のANNワードがコメントで投げられるたびに髪が逆立つ。ジブリのアニメのようなリアクションである。

ニコ生に短期的な飽きが来たらギターを弾き、他人には聴かせられない下手くそヒトカラを敢行し、詩を書き、日記を書き、絵を描き……気の向くままに自由な時間を過ごす。

 

最近はゲームと共にお勉強枠というものを開いていて、高校受験の問題をPDFで引っ張ってきて、それを居合わせたユーザーと解く、という放送をしている。完全に暇つぶし以外の何者でもないが、意外と苦戦したり、教えてもらったり、いつの日かを思い出すような郷愁に襲われる、案外過ごしがいのある時間になっている。学生時代が懐かしくなる。

 

 

 

趣味のルーチンワーク

 

そんなこんなで私は季節の変わり目と共に趣味を変えていく、一定のルーチンワークの範囲を順繰りに回っていく。そういえば、そろそろアイマスにも眼を向けなきゃいけない時間帯になってきた。コミック百合姫もそろそろ新刊が出る。いつだって新鮮な季節……と思ったが、そうでもなかったりする。なぜならそれは「順繰りに」回っているから。どうしても既視感はある。

そして、わたしの最も大きな趣味、もっとも思い入れのある趣味は?そもそも人生のテーマは?それがわからないのである。つらい。自分が何を軸として生活を送っているのか。いくらたくさん趣味の矢印を持っていても、それが末端の枝のようにか細いものであれば、あっけなく、ポキッという音を立てて折れてしまうのである。

 

そこで、私は先の学生時代のことを思い出すのである。再び。

 

 

 

「馬鹿になれ」

 

中学校では毎年合唱コンクールが開催されていた。クラス対抗で、学校の敷地ではなく隣駅のホール(プロが使用するような大きなところである)で開かれるこのイベントは、合唱という特色も手伝ってか、2学期も後半、11月に差し掛かるクラスの中に何らかのドラマを生み出していたことが印象的だった。

単純に全体が勝利へと向かうことのできる体育祭や球技大会とは性格が異なるのがこの行事のミソである。歌いたがらない男子、イライラが募る女子、「期限」に間に合わせるためにありとあらゆる策を弄する担任……よくよく考えてみればこの人間ドラマは並大抵のものではなく、大人になろうとする今でも考えさせられることが多い。

 

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3年生時の担任は、やはりどことなく意欲の上がらないクラスの若者たちへ一つの言葉を送った。それは「馬鹿になれ」という言葉。

教育に関わるものとしてこういうことは言っていいものなのか、と考えることも出来るが、その真意は「歌うのが恥ずかしいとか、自分ひとりがやらなくてもどうせ意味ないとか、そういうことを考える前にまずは自分の力を出してみないか」というメッセージだった。私は男子のパートリーダーだったから、こういった言葉に、結果的には助けてもらっていた(ゆよくよく考えたら、パートリーダーなんてやるから歌に対して自分の実力を勘違いしてしまったような気がする……)。

この担任は自由曲に合唱の定番曲ではなく自分の好きな曲を持ってきたこともあって(これが変拍子で滅茶苦茶難解だった、楽譜の読めない男子は「魔道書」に喩えたほどである)不信感を持たれていたのだが、この言葉は(少なくとも私には)一つの解を与えてくれた。結果最優秀を勝ち取ることになる。

 

人間の、個人の興味は基本的にひとつに収まらない。あれもやりたい、これもやりたい、目移りしてしまうのがたいていだ。当然一つしかやってはいけないというルールは存在しないし自由なのだが、一極集中、心血を注いだ人間には同じ分野では敵わない。

しかしながら、一つを選ぶというのは簡単なことではない、同じくらい興味のある他分野に対して、一度別れを告げなくてはならない、決断して、「洞窟」に入っていき、光が見えてくるまではなかなかに辛い期間を課せられるだろう。これはやっぱり辛いことだし、決断の手は鈍ってしまう。それでもそうした人間に、報いはやってくるのだろう。

 

 

 

ユーティリティー

 

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よく「ユーティリティープレイヤー」という言葉がある。野球選手、サッカー選手で言えば役割の異なるどのポジションも守れる存在であり、チームの緊急事態に活躍する大事な人材だ。スポーツに限らずどんな分野でもいることだろう。

しかし、ユーティリティーが認められるのは、その人物がある分野に入っていることが前提である。例えば、ユーティリティーといってもサッカー選手と野球選手を兼任することは不可能だ。「人生のユーティリティープレイヤー」というのはちょっと想像がしにくいし、有用性もないだろう。活躍していく人間、活躍とまで行かなくても自分に満足いく生活を送っている人間は、やはり、「私は何で生きていくのか」という決断をした人間に限られていくのだ。「人生の」ユーティリティープレイヤーなんて、(聞こえはいいかもしれないが)やっぱりク○だ。

 

 

決断が出来ない。

 

読んでくださりありがとうございました。

 

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