日本モルック協会のルールブック(2022年初版)を読み込み、課題を洗い出す
どんな記事
モルック、特に競技性の高い大会におけるモルックにて適用されることがある日本モルック協会(以下JMA)のルールブックがあるのですが、実は選手間でもあまり浸透していません。ということで、改めてどういうルールが記載されているのかを読み込み、気になるところについてはピックアップしていこうと思います。
長いと思った人のために
- 決勝だけルールを適用しているようではいつまで経っても浸透はしない
- サイドラインの逸脱を厳しく判定したいなら必ず線を引くべき
- 投擲エリアの後方がどこからなのか明確でない
- フォルトとファウルは明確に別の言葉に直してほしい
- ペナルティの重さの基準を公開してほしい
- 投擲時間の計測開始を明記すべき
- タイムアウトの存在を広めるべき
- 選手以外の介入がNGなのかOKなのか明言すべき
- 具体例を図式や動画で示してほしい
ルールブックはどこにある
ルールブックは誰でも以下のリンクからDLすることができます。なお2023/02/07現在見ているのは、2022年5月に作成された初版になります。
(PDF形式なのですが、できればHTMLでもみたいなという気持ちもある…)
いつ適用される
最も利用されるのは、JMAが主催する「公式大会」という枠組みの大会です。また、JMAが公認している団体が主催する「公認大会」も対象になると考えていいでしょう。またこれら以外でも、JMAから認定されている「モルック審判員」がいるような大会もルールが適用されがちです。
セルフジャッジについて
とはいえ、予選から決勝まで全ての試合に審判がつくほどスタッフは充実していないので、多くの大会では現状「決勝までは選手同士のセルフジャッジ」になることが殆どです。
そのため、「審判が見ていることが前提になるような反則行為」は、セルフジャッジにおいては実際に適用することが難しいのが現状です(対戦相手に反則を言い渡されて納得できるとはいい難いため)。
それでいて、決勝ではいきなり審判が登場し細かく反則か否かをチェックし、実際に反則によるフォルト、ファールを実行するため、ルールの厳しさの緩急にびっくりして、試合の本質的なところに集中できなくなってしまう選手がでてくる、という課題が表面化しています。
これは結構大きめの問題だと思っていて、なぜならこの状態が続くようではルールの浸透が見込めないからです。このルールの下で実際にプレーをすることができるのは、「公式大会や公認大会で」「決勝まで勝ち抜くことができた」選手に限られます。1大会あたり2人~16名が該当し、1年間でこういった大会は10回も開かれないことを考えると、殆どの選手は厳格なルールを採用した試合を経験することが出来ない、という状態になっているのです。
とはいえ予選からルールを完全採用するのは難しいので、せめて決勝トーナメントから「負け審(予選や前の試合で負けた選手が審判を務める制度、部活の大会とかでよくある)」の仕組みを取り入れたりして、少しでも審判有りの試合を増やす努力をしてもいいと思います。
ルールブックを読む
というわけでルールブックの中身を読んでいきます。基本的な内容や、コメントがないところに関しては飛ばします。
投擲エリアとサイドライン
投擲をしてもよい場所、つまりここから投げますという場所を「投擲エリア」と呼びます。ルールブックでは、
投擲は、モルッカーリが示す投擲エリア内においてのみ認められる。モルッカーリによって投擲エリアの前方、そしてサイドラインが示されており、サイドラインは地面に引かれる場合もある。モルックを投擲した後は、後方から投擲エリアを退場しなければならない。
といった形で決められています。カジュアルにモルックをプレーする人からしたら、モルッカーリが置いてあるだけなので投擲エリアの概念はテキトーな感じになると思いますが、競技となるとこんな感じで細かくなります。
ですが、
「モルッカーリの踏み越え」の性格な判断をするために、審判もしくはプレイヤー協議の上、投擲エリアのサイドラインを引いてもよい。
と、サイドラインに関する記載は曖昧で、別に引いても引かなくても良い、というニュアンスで記載されています。ということは、サイドラインのはみ出しに関しては割とゆるい判定なのかな、という予想ができますが、
投擲するプレイヤーが投擲エリアに入場してから退場するまでの間に起こる以下の事例は、「モルッカーリの踏み越え」と判断される。
- モルッカーリを動かすもしくは触る(例外:角度の修正 ※車椅子等に乗ったプレイヤーがモルッカーリを直線にして投擲した後に角度を戻す場合など、特別な場合を指す)。審判がいない場合、角度の修正は事前に告知しなければならない。審判がいる場合、モルッカーリの角度修正は審判のみが可能である。
- モルッカーリの先の地面もしくはサイドラインを、体のいずれかの部分もしくは靴で触る。
このルール違反を免れるために、投擲するプレイヤーには投擲後にそのまま一歩後ろに下がることが推奨される。プレイヤーは後ろを向いて投擲エリアを退場してもよい。 モルッカーリの踏み越えは投擲ミスと判断される(0点)。
と、「サイドラインを体のいずれかの部分もしくは靴で触る」だけでフォルト(違反、投擲ミス)と判定されるという厳格なルールが別の項目で規定されています。
これを読んだ僕としては、だったら(競技レベルでは毎回)サイドラインを引くようにするべきでは?という感想が浮かびます。今のところ、
- サイドラインを引いても引かなくても良い
- サイドラインを少しでも触れたらフォルトになる
という雰囲気の異なる言及が共存しているという状態です。
また、別の角度でいうと、「サイドラインを触れたらフォルト」の状態は投擲エリアが狭くなることを示しています。これについては、「サイドラインを体の一部が越えたらフォルト」に直してもいいのではと思います。
腕だけモルッカーリの外に出るのは?
また、結構あるパターンとしては、角度をつけて投げるため、足はモルッカーリ内にあっても腕や上半身をモルッカーリの外側に出す、というプレイングです。これについては現状フォルトを取っているケースを知らないのですが、具体例として言及してほしいところです(たぶんOKだと思うけど)。
(雑な図ですみません)
投擲エリアの後方とはどこからなのか
また、「モルックを投擲した後は、後方から投擲エリアを退場しなければならない」とありますが、具体的にどこから後方と認定されるのかが不明です。
投擲エリアは現状、横幅は規定されているものの奥行きははっきりしていません。例えば助走をつけた投擲をする選手がいるとして、その選手は10メートルでも100メートルでもどれだけ長い助走をとってもOKという解釈が可能です。
そのため、「ここまで下がってくださいね」という境界線を示してもらえると不安がなくなるのかなと思います。
ファウル
似た単語を使う必要があるか
6章「ファウル」についてです。
まず、投擲のミスとして0点に判定される「フォルト(違反)」と異なり、ファウルは以下のように規定されています。
- あらかじめ結果が定義されていないルールに違反する行為
- フェアプレー精神に反する行為
- 審判の指示の無視
- 審判もしくはプレイヤーへの攻撃
このように、フォルトとは性格がけっこう異なる内容になっていますが、単純に似通った単語を使用していることで、これらの区別がつきにくくなるのではないでしょうか。明確に分けるために「violation」や「against the rules」といった表現でも良いと思います。
また、(前向きなプレーの結果失敗してしまったというニュアンスである)フォルトが「違反」となっているのもややこしく、内容からして今のファウル=違反となり、フォルト=失策、ミスという紐づけをすると少しはすっきりするのではないでしょうか。
ファウルの重み基準がない
ファウルをした際のペナルティ(罰則)には以下のようなものが用意されています。
ですが、具体的にどのような違反行為をした際にどれだけの罰則が課せられるのか、という記載がありません。まあとにかくファウルにならないように注意すれば問題はないっちゃないのですが、別の問題として、審判ごとに罰則の基準が異なる、というおそれがあります。
こういった問題はどの競技にもあるので完全に防ぐことは難しいですが、ある程度ファウルの内容と対応する罰則を例示しておくことで、審判の判定が明確になり選手やオーディエンスも受け入れやすくなると思います。
もし審判講習でそれらが提示されているのであれば、一般にも公開するべきです。
投擲時間とタイムアウト
競技モルックには上記のような投擲時間の制限があり、これを1チームが2回超過することでフォルトの対象になります。
投擲時間は大会によって変わりますが、基本的には1投60秒と規定されています。
60秒はどこから始まるのか?
この60秒というルールですが、いつからカウントが始まるのかは具体的に明記されていません。「2.2. 投擲の定義」では、
と記載されていますが、これでは「スキットルが倒れている状態」や「他の選手がコート内にいる状態」でも投擲が終了している、とみなされてしまいます。ですがこの状態で時間のカウントを始めるのは自然に考えて適当ではありません。一般的な感覚で考えると
- モルック棒が投擲エリア内に戻ってきている
- すべてのスキットルが直立状態になっている
- コート内に(審判以外)誰もいない
- 投擲エリアに前に投げた選手が残っていない
などの条件をすべて満たしている必要があり、この状態で審判が次の投擲する選手をコールした時点からカウントを開始するのが自然かなと思います。
定義はともかく、カウントの開始について明記される必要があります。
カウントのストップ
また、投擲しようとしてもできない以下のような状態があるので、その場合はタイマーをストップするような対処も記載していただきたいです。
中間のカウント
全選手がストップウォッチを持って60秒をカウントするのは難しいので、審判はキリのいい秒数で中間のカウントをしてほしいです。60秒であれば、残り30秒、残り10秒でしょうか。
陸上競技などで使われるどでかい時計があればいいですが、多分これは予算的に無理だと思います。
後半戦の60秒は短い
60秒という基準の妥当性についてはどうでしょうか。僕としては後半になるにつれ厳しくなるなという印象です。
前半戦はやることが割とはっきりしているので、60秒かかることはほぼほぼ無いと思います。しかし、後半になるにつれ、どのように50点を取るか、相手に妨害されにくいフィニッシュの道筋はどこか、というところで作戦を練る必要があります。
また、個人戦では迷うことが少ないですが、チーム戦になると話し合いの必要があり、意見が割れればそれだけ時間を消費します。そうなってくると後半戦の60秒はかなりシビアであることがわかります。総得点制の試合ではなおさら難しくなってくるでしょう。
ここで考えるべきは、モルックという競技が「考えることに重きを置く」遊びである、ということです。50点を取るためにどうするのかと思考をめぐらすことはモルックの醍醐味であり、その結論によって試合展開は大きく変わります。
そういった性格を持つ競技において、窮屈な時間制限を設けるとどうなるでしょうか。戦術上の見落としがある投擲が多発し、後悔するような内容が増えてしまうかもしれません。「素早く判断するのも能力」といえばそれまでかもしれませんが、個人的にはモルックの本質から逸れるのではないかと懸念します。
タイムアウトの有効活用
ここで活躍するのがタイムアウトです。タイムアウトは各チーム各セットに1回取ることができ、基本的には60秒の倍、つまり120秒の検討時間を得ることができます。込み入った後半戦では、このタイムアウトを有効活用するべきです。
ですが、現状ルールブック自体が浸透していないので、タイムアウトの存在自体を知らない選手もいると思います。なので、時間制限だけでなくタイムアウトを取ることができる、というアナウンスを審判には行っていただきたいです。
また、モルックは50点を取るまでは(追加ルールが無い限り)延々と続くゲームなので、例えば「11ターン目に突入したらタイムアウト権が1回追加される」といった救済措置があってもいいと思います。
選手以外の介入
で、よく見ると、タイムアウトの説明には、
それぞれのチームは戦術の話し合いなどのために、
という記載があり、これが何かというと、「モルックの戦術はチームで話し合う」という前提があるということです。
更に言い換えると、「モルックの戦術はチーム以外が話し合ってはいけない」という解釈が(頑張れば)できるのです。
そのため、大会とかでたまーにみる出場選手以外のオーディエンスが選手に声を掛けている様子は、実はグレーゾーンにあたるということが言えます。個人の考えとしては、「モルックの戦術はチームで話し合う」という前提に反するし、何よりモルックは自分たちで作戦を考えるのが面白さなので、他人の介入は防ぐようなルール設計をすべきです。
また、「戦術ではない声掛けをすること」についても、選手のメンタルを通して試合結果に影響を与える要因になるので、(完全に防ぐことは難しいですが)できるだけ避けるべきだと考えています。
具体的には、選手や関係者が集まっている投擲エリア周辺には、オーディエンスは侵入できないように明確なコートの区分けをするのが適切だと思います。
全体的に具体例や明確な定義を示してほしい
というわけでピックアップしたのはこのくらいですが、全体的な感想としては、
- 明確な定義がない部分があるので、実際にその場面に遭遇した場合にどのように対処すれば良いのかがわからない(またはブラックボックス化している)
- 文章だけでは具体的なイメージが湧かないので、図解やプレー動画などを通してルールの内容を一意に解釈できるような別途資料があると良い
という2点が大きなところです。
一部の人は「そんな細かいところまで決める必要があるか」という疑問を持つかもしれませんが、明確にしておくことで実際の試合における争いを未然に防ぐことができます(そういう人に限って当事者になるとグチグチ言い始めたりしますし)。
ということで今回はここまでです。
JMAは現在審判ライセンス普及のために全国各地で講習会を行い、審判ライセンス発行に際しては年会費を徴収するといった精力的な活動をしていますが、そういった動きに見合うようなルールを作成できているのか、という観点で継続的な改善や見直しを行っていただければと思います。