Yuigo・ん・・・湿っぽい

最近の話題はラジオ。賛否のど真ん中を行く性格です。

【10秒】このブログを評価してください。


[広告]






「嫌いな割にはよく知ってるんだね~」ってツッコミあるじゃないですか


このエントリーをはてなブックマークに追加

 

f:id:m4usta13ng:20160621063409j:plain

 

こんな感じで言ってくるイメージ。腹立つ。

 

これ言う人って、もしかして大間違いをしているんじゃないか、と思ったという話をします。短めに。

 

 

 

「嫌いなもの」には理由がある

 

私は、別に他人と比べて確認を取ったわけではないのですが、人よりも嫌いなものが沢山ある人間だと思っています。このせいで色々と欠落した人間になっていることも確かです。こうなった原因は幼いころに様々な角度の理不尽にさらされてきたことだともなんとなく分かっていますが、このことはまた別の機会だとして、とにかく嫌いなものが多いです。

 

最近は、AKBグループ(という言い方でいいのか分からん)の総選挙の話題が関心のない自分にも漏れ伝わってきたので、改めて嫌いになって、さらに似たような名前のグループとかもうアイドル全般がどんどん嫌いになってきています。

 

最近は「既存のアイドルの枠を飛び越えた、」的なツラをしているグループが行き場を失ったゾンビの群れのようにワラワラと露出を増やしていることもどんどん気障りになってきて、あいつら、「私たちカワイイだけじゃないんです」みたいなアピールするじゃないですか。いやいや、カワイイことはまず前提として否定させませんよみたいな、あれずるい論法だと思いませんか?カワイイで勝負するのが厳しいから変化球企ててんのにそういう言い方して無理に敵を作らないほうがいいと思います。

 

どんどん話が逸れていくような気がするんですけど、今の時代、どう見たって本当にルックスが優れていて、それで芸能界でやっていきたいなあとか思っている女性って、アイドル以外で勝負できるならした方が未来が明るい構図になってますよね。女優とかモデル上がりとかの方が業界全体が大切に大切に扱ってくれる感じ。あとはアナウンサー。アナウンサーという肩書きを持っていれば、ある程度他のポジションよりかは安全圏にいることが出来るし、フリーになってもなんだかんだ良く分からない肩書きやなんとかかんとかアドバイザー的な謎の食い扶持を得ることが出来るので、ミスコンで箔をつけといてアナウンサールートはとても激戦区なんでしょうね。大卒資格も付いてるし、大卒の年齢なのに10代みたいな馬鹿晒してもなぜか大丈夫な扱いを受けられるし。なんか超悪い書き方してる。テキストだともっと冷たい印象になると思いますが芯まで熱くなってる意見ではないです。TBSの江藤さんがいなかったら、とりあえず首吊り用のロープを検索してみる段階には入ってたと思います。誤解を生む表現ですね。勝手に誤解しとけ。

 

なぜかセントフォースがあんまり好きじゃないのですが、理由はまだ良く分かりません。

 

もう関係ないことを関係ねえと思いながら今日は書いているんですけど、グラビアはもう未来がないというか、なぜ好き好んでグラビア経由の売れ方を狙っている人がまだまだ存在しているのかが良く分かりません。昔と違って雑誌のグラビアページはアイドルに占拠されかけているし、グラビア界ではそこそこのネームバリューがありそうな「日テレジェニック」なんかは、その関連番組なんて3分も持たないような酷さですよね。現に持たない。若手グラビアの人達がきわどい内容のゲームに挑戦していくんですけど、それがエロいというよりかはただただ汚い。おまけに面白くもないしとにかく雑。「これは人間の尊厳が危ない」っていう、バラエティを見ている人に絶対に思わせてはいけない感想が浮かんでしまうほどに汚らしい世界を見て本当に悲しくなって、一回深夜だったのに散歩に出て気を紛らわせたことがあります。

 

今なんの話してたんだっけ。AKBが嫌いってやつですね。

 

偏見にまみれた自分には、AKBにいる人が、女優としても歌手としてもカリスマモデルとしても、はたまたかつての若槻千夏ばりのバラエティクイーンとしても活躍するのが難しそうだなあという人材、ひとまとめに言えば個々の分野のスペシャリスト枠を争うレースには勝ち目がないなあという感じのメンツが集まっている感じがして、それが印象を悪くしている気がします。

 

で、「AKBの中でバラエティに強い」とか「AKBの中で演技力がある」「AKBの中でグラビア映えする」とか、褒めたり持ち上げるにしたって「AKBの中で」という枕詞がつくようになっているんだけど、その枕詞をいつの間にかなかったことのようにして、まるで業界全体においてNO1の力を持っている、みたいなすり替えをされているような気分になります。

 

あと嫌いな理由は、どうしたってCDの売り方が小汚い、プライドがない、どことなく安っぽい、高橋みなみ「総監督」が他のメンバーにキレてるドキュメント映像にまったく共感できない、秋元康に歌詞を通して説教される意味が分からない、総選挙が気持ち悪い、総選挙をスタジオでコメントするあの馬鹿馬鹿しさったらない、若い世代はみんなアイドルが何かしら好きだという勘違いをされる原因になっているとか、なんか一杯ありました。最初考えてたよりどんどん出てきました。

 

もっとなんで嫌いなのか、ということを書き連ねようとすれば書けるんですが、最初に短く書きます、と言ったのでやめときます。

 

 

 

知らないのに嫌い、って危険なこと

 

こうやって書いてると、良く知ってるね~良く知ってるのに嫌いなんだ~変だね~みたいなことを言われます。たぶん読みながら思っている人が9割くらいいるんだと思います。

 

しかし、そこでよく考えてほしいんですが、果たして、理由なく嫌いなものってありますか?ということなんです。私は、理由なくモノを嫌いだというのがあり得ない、という風に思っています。

 

よくテレビで目にする場面が、ブサイクをキャラクターにしている男性芸人が、街頭インタビューに答えている一般女性から、「ん~何となく嫌いかな~」とか、「良く分からないけど生理的に受け付けない」みたいな悪口を言われるシーンです。結構あると思います。芸人本人は、それを仕事として面白くしているので、まあテレビの流れとしてはそれでいいんだと思います。

 

ただ、今回のテーマからの視点、ということにすると、私には、「こいつら(一般女性)、おそらく嫌いとも好きとも何とも思っていないんだな」という風に見えます。

 

まあ、「興味ないです」という回答とか「知らないです」という言葉がインパクトに欠けるからオンエアされない、という側面もあるのかもしれませんが、「何となく嫌い」という発言には、嫌いなんです!という強めの感情が付随していません。2択だったらこっちかな、という程度のものでしょう。そして、「生理的に受け付けない」という発言は、よーく考えたら誰でも分かると思うのですが、「生理的に」ってなんじゃい、という話ですよね。辞書を引かずに説明できますか?と問いたいです。これってどう考えても「なんとなく」を繕って言った表現に過ぎないんですよね。

 

芸人が言われるならまだいいかもしれませんが、テレビの真似事をしたがるちょっと頭の弱い人たちが、合コン飲み会なんかの場所で「なんとなく嫌い」なんて言い放ったなんてことがあったら結構なショックですよね。理由がないのに嫌い、なんて、これから改善しようにしたってどうしたらいいか分からないし、ただ無闇やたらに他人を傷つける、はっきり言って暴力に等しい表現だと思います。

 

だから、嫌いなものに理由がない、という方がおかしいんじゃないでしょうか、ということを主張しておきます。

 

というか、ある程度その人、物事を知った後じゃないと、「好き」か「嫌い」か「無関心、どっちでも」っていう判定は下すことが出来ないはずです。それを何にも知らない少しも分かってない対象に対して嫌いなんて、ほぼほぼ言ってはいけない言葉なのではないでしょうか。

 

 

 

その嫌いに理由はありますか

 

最近の話にしたって、本当に舛添さんがこういう理由で嫌い、だから辞めてほしいって言える人がどれだけいたのか、というのを考えることも出来るんじゃないでしょうか。

 

ネットでは、よく「マスコミは嘘ばっかりだ!」とか盛り上がっていますが、今回の件も見事にマスコミに振り回されているような気もします。本当のところどうなのか?辞めさせる運動は大層盛り上がったみたいですが、その後、果たして後任はいるんでしょうか?国の操り人形ですか?どう考えても過去に黒かグレーなことやってる人ですか?結局おんなじことになりませんか?というトピックスに移ったみたいですね。数年前までの首相が連続スピード交代した、あのことはもう忘れられたのでしょうか?

 

まあちょっと話題にズレがあるかもしれないし、脱線を食い止めながら書いていますが、自分の感情に対して、後付けで良いので理由を付けることは、決して無駄なことではないと考えています。

 

最初に出てくる、好き、嫌いという感情の理由なんて大抵後付けです。

 

私も、直感でうわ嫌いだな~と最初は思います。しかしそれが本心なのか、それとも周りに引っ張られて嫌いになっているのでは?と思いなおす必要があると思います。感情の好き嫌いが真実だとは思いません。感情の決定を優先していたらいつか洗脳されて変な宗教に連れていかれてしまいます。だから、理性理屈でもってなんでそういう感情が出てきたのか、本当は、客観的にはどうなのか、ということを改めるという作業は必要です。

 

 

 

 

というわけで、私は「嫌いな割にはよく知ってるんだね~」と言ってくる人たちのことはどんどん馬鹿にしていきます。心の中で、ですが。良く知らないのに嫌い、という暴力は振るいません。

 

勢いに任せていたら結局いつもよりちょっと長めになってしまいました。次はもうちょっと考えながら文章をつくります。


【リンク】このブログを評価してください。